東京高等裁判所 昭和32年(ネ)2706号 判決 1959年3月25日
控訴人
株式会社 東陽相互銀行
右代表者代表取締役
柴長左衛門
右訴訟代理人弁護士
野口利一
被控訴人
国
右代表者
法務大臣 愛知揆一
右指定代理人
森川憲明
鴫原久男
立石忠勝
右当事者間の昭和三二年(ネ)第二七〇六号差押財産取戻請求控訴事件につき、次の通り判決する。
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴人の当審における予備的請求もこれを棄却する。
3 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金一二九万円及びこれに対する昭和三二年五月九日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張及び証拠の提出援用認否は、控訴人において当審証人山本貢、山本登一、谷貝昭の各証言を援用し、なお双方において次に記載の通り主張した外は原判決の事実摘示の通りであるからこれを引用する。
(控訴人の主張)
1 原判決の事実摘示における控訴人の請求原因の部分の一部を次の通り訂正する。
(1) その一の部分を「別紙物件目録記載の機械類(以下本件機械類と称する)は昭和一九年初め頃までに訴外山本貢が訴外山本常吉その他から貰いうけ又は買受け、その所有するところとなつていた。」と訂正する。
(2) また二の部分を「控訴人は右訴外人及び訴外山本電気株式会社外三人との間で、昭和二十九年九月十日に、債務者を右訴外会社、連帯保証人を右訴外山本貢外三名、貸越極度額金一五〇万円、担保物を山本貢所有の工場及び工場に備付けた本件機械類並に外一棟の家屋と定めた根抵当権設定契約をし、且つ同日、右根抵当権で担保される期日に支払わなかつたときは右担保物件全部の所有権を直ちに控訴人に移転し代物弁済に供すべき旨の停止条件付代物弁済の契約をなし、工場と機械については同日、他一棟の建物については翌一一日、各所轄登記所で根抵当権設定登記及び停止条件付代物弁済契約に基く所有権取得に関する仮登記を了した。ところが、右債務者会社及び山本貢が控訴人に負つた借財は昭和三〇年一一月二六日から支払を滞り、その額金九百余万円に達したので同日右条件は成就したので、控訴人は同年一二月二九日に右山本から本件機械類を含む全担保物を受領することとし、即時同人及び機械類の占有使用者である債務者会社から指図による引渡を受け、更に同月三〇日頃控訴人銀行境支店貸付係谷貝昭を工場に遺わし、右両者から現実の引渡をも受けた。よつて控訴人は本件機械類の所有権を取得し、その対抗要件も備えておつた。」と訂正する。
(3) また五の部分を「仮りに本件機校類が山本貢の所有でなく、山本電気工業株式会社又は山本電気株式会社の所有と認むべきであつたとしても、右両会社の代表取締役たる山本貢、山本登一等はこれを山本貢の所有物として控訴人と根抵当権設定契約等をなし、且つ代物弁済に提供し、控訴人は昭和三十年十二月二十九日山本貢及び山本電気株式会社から簡易の引渡を受け、更に同月末日までに右両者から現実の引渡を受け、以後控訴人は善意、平穏、公然しかも過失なくその占有を始めたものである。従つて、控訴人の所有権取得行為は訴外両会社を含む訴外三者との間でされたものといい得べく、その所有者の右三者の何れかである限り有効に所有権取得の効果を生じたものである。又仮りに然らずとしても、右の如く山本貢及び山本電気株式会社から引渡を受け、占有を開始したものであるから民法第百九十二条により所有権を取得したものというべきである。」と訂正する。
2 なお控訴人は次の通りの予備的請求をする。
控訴人は前示一の(二)に記載のように本件機械類に根抵当権の設定を受けており、なお昭和二八年二月二一日にも債権極度額三〇万円について右同様に山本貢所有の工場と共に右機械類に根抵当権の設定を受けていたものであつて、いずれも機械目録を提示して工場抵当法による適法な登記を了していたところ、被控訴人の機関である境税務署長はこれを無視して本件機械類の差押及び公売をして、その公売売得金一二九万円を故なく自己の祖税債権に充当し、控訴人の有していた前示担保権を害したものであり、右充当金は控訴人の損害によつて不当に国(被控訴人)が利得したものというべきである。
よつて若し控訴人の所有権侵害による損害賠償の請求としての本訴請求が理由なしとせられる場合は、予備的請求として右不当利得を理由とする同一金額の請求をする。
3 右公売売得金の祖税債権への充当について、控訴人から何等行政上の救済手続を求めたこともなく、またその取消の行政訴訟を提起したこともないことはこれを認める。
(被控訴人の主張)
1 控訴人が原判決の事実摘示の一を訂正した部分はこれを否認し、その余の訂正部分は全部これを争う。
2 本件機械類について控訴人が工場抵当法による根抵当権の設定登記を受けていること、及び境税務署長が本件機械類を公売しその売得金を祖税債権に充当したことはこれを認める。
しかし控訴人主張のような根抵当権設定契約があつたとしても、本件機械類は、税金滞納者である山本電気株式会社の所有物であつて、控訴人において右機械類が備付けられていると主張する工場建物の所有者山本貢の所有ではないから、右契約に基く根抵当権の効力は本件機械類に及ばない。また、本件機械類のうち原判決添付物件目録の一一及び一三の物件を除いては、その余の物件はいずれも右の工場建物備付けられていたものでもないから、これらの機械類に関する限りは、右の意味でも前記契約に基く根抵当権の効力は及ばない。従つて根抵当権の効力の及ばない本件機械類についての公売売得金を租税債権に充当したとしても、これによつて控訴人が損失を蒙るいわれはないのであり、控訴人の不当利得の主張はまた失当である。
なお滞納処分による公売代金を租税債権に充当する行為はこれを行政処分と解すべきであり、従つてこの行政処分の取消がない限り、右充当によつる配当を受けた金員を以て、法律上の原因なくしてこれを利得したものというべきではない。本件において控訴人は、右充当処分について何等行政上の救済手続を求めたことも、またその取消の行政訴訟を起したこともないのであつて、右充当処分は確定しているのであるから、その意味においても、控訴人の右主張は失当である。
理由
1 被控訴人の機関である境税務署長が昭和三一年一月一〇日訴外山本電気株式会社(以下滞納会社と称する)に対する国税滞納処分として、右会社の他の財産と共に、原判決添付物件目録記載の本件機械類を差押え、昭和三二年三月二五日公売処分に付し、訴外福本甫がこれを金一二九万円で落札してその所有権を取得し、代金完納の上引渡を受けたことは当事者間に争がない。
2 控訴人はまず右機械類は控訴人の所有であり、境税務署長がこれを公売したのは不法行為であるからその損害の賠償を求めると主張するので、まずこの点について判断する。
(1) まず控訴人は、本件機械類は訴外山本貢の所有であり、控訴人は同人との間に昭和二十九年九月十日に締結した停止条件附代物弁済契約に基き、昭和三二年一二月二九日に代物弁済によつて右機械類の所有権を取得したと主張する。そして右事実のうち本件機械類が山本貢の所有であつたとの点(従つてまた控訴人がその所有権を取得したとの点)を除いたその余の部分は、原審並びに当審証人山本貢、山本登一、谷貝昭、原審証人江田勝の各証言に右各証によつてその成立を認める甲第三号証を綜合してこれを認めるに足るのであるが、右機械類が右代物弁済契約及び代物弁済の当時において前記山本貢の所有であつたとの点は、この点に関する原審並に当審証人山本登一、原審証人三上千代治の各証言は到底採用し難いところであり、他にこれを認めるに足る証拠はない。そして却つて原審並に当審証人山本貢の証言に、原審証人三上千代治の証言により成立を認める乙第二、三号証、第一一号証、原審証人浜野卯一郎の証言によつて成立を認める同第四号証の一、二、第五号証、第八、九号証を綜合すれば、本件機械類中パープレス2号1台(物件目録一一のもの)を除くその余の物件は、いずれも元山本電気気工業株式会社所有のものであり、右パープレス二号一台は山本貢が終戦後買受けた同人所有のものであつたが、右はいずれも、滞納会社が設立せられた昭和二七年一一月の当時において右滞納会社に譲渡せられ、同会社の所有となつていたものであつて、従つて前記代物弁済の当時においては、本件機械類は山本貢の所有でなかつたことを認めることができる。
従つて本件機械類が右の当時山本貢の所有であつたことを前提とし、同人からの代物弁済によつて右機械類の所有権を取得したとの控訴人の主張はこれを採用することはできない。
(2) 控訴人はまた仮りに右機械類が山本貢の所有でなく、山本電気工業株式会社又は山本電気株式会社の所有であつたとしても、右両会社の代表取締役たる山本貢、山本登一等はこれを山本貢の所有物として控訴人と根抵当権設定契約等をし、且つ代物弁済に提供したものであるから、本件代物弁済による控訴人の所有権取得は、右両会社を含む訴外三者との間でせられたものといい得べく、その所有者が右三者の何れかである限り、有効に所有権取得の効果を生じたものと主張する。そして本件機械類が山本貢の所有でなく山本電気株式会社の所有であつたことは右認定の通りであるが、本件代物弁済は、山本貢個人が同人個人所有のものとしてこれをしたものであり、控訴人もまた同人個人からこれを受けたものであること右に認定した通りであつて、右会社の代表取締役である山本登一において、本件機械類を山本貢の所有物として控訴人に対する担保及び代物弁済に供したとの事実は何等これを認むべき証拠はないのであるから、右控訴人の主張はまた排斥を免れない。
(3) 控訴人はまた民法第一九二条によつて本件機械類の所有権を取得したと主張する。しかし本件機械類は前認定の代物弁済の当時においては、その所有権も、その占有も滞納会社に存したものであり、右代物弁済は山本貢からせられたところであつて、控訴人はこれによつて、右機械類の所有権を取得することはできないものであること前認定の通りであり、他に控訴人が機械類を占有すべき権利を取得した事実は何等これを認むべき資料がないのであるから、控訴人が右機械類の占有を、簡易の引渡は因より、占有改定及び指図による引渡等、現実の引渡以外の方法によつて取得することはあり得ないところと考えられ、山本貢等からする現実の引渡はあり得ないわけではないが、その現実の引渡が、境税務署長からする差押のあつた昭和三一年一月一〇日の前にせられたとの事実は何等これを認めるに足る証拠はない。(却つて控訴人は後にこれを訂正してはいるが、昭和三二年三月一一日の原審第二回口頭弁論期日においては、本件代物弁済契約の効力発生は昭和三〇年一一月二六日で、その第三者対抗要件を具備したのは昭和三〇年四月一九日であると主張している。)、従つて控訴人の即時取得の抗弁またこれを採用し難いところである。
そうすれば本件機械類が控訴人の所有であることを前提として被控訴人にその所有権侵害を理由としてする控訴人の本件損害賠償の請求の失当であることは明かであつて、これを棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。
3 控訴人はなお当審に至つて予備的請求として不当利得金の請求をする。そして控訴人が本件機械類について山本貢から控訴人主張のような根抵当権の設定を受けていたことは前示甲第三号証及び当審証人山本貢の証言によつて成立を認める同第二号証によつてこれを認めるのであるが、右機械類の所有権が右抵当権の設定当時その設定者である山本貢に属せず、滞納会社に属していたものであること前記の通りであるから、控訴人は右山本貢との契約によつては右物件についての抵当権を取得することはできないこというをまたないところである。
そうすれば、控訴人が本件機械上に適法に抵当権を取得したことを前提とする右不当利得の主張また、他の争点についての判断をするまでもなく失当であることは明かであつて、控訴人の右予備的請求またこれを認容するに由がない。
4 よつて本件控訴はこれを棄却し、また控訴人の当審における予備的請求またこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九五条を適用して主文の通り判決する。
(裁判長裁判官 薄根正男 裁判官 村木達夫 裁判官 山下朝一)